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戦後日本の思想家の巨人が逝きました

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思想家、評論家の吉本隆明氏が3月16日亡くなりました。個人的にはその著作はほとんど読んでおらず、糸井重里氏との共著「悪人正機」や「ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ」くらいです。もちろん、私角野の一回り上の世代の「全共闘」世代にとっては、「都市の論理」などで有名な羽仁五郎と並ぶ当時の学生達のカリスマ的な思想家であり、「共同幻想論」などが読まれたようです。これは、「共同体」というものは、人間が考えた「幻想」に過ぎないという考え方ですね。


 しかし、私角野の学生時代に吉本隆明氏が「『反核』異論」を出版すると、一変、「吉本隆明が転向した」したというレッテルが貼られた記憶があります。実は、吉本氏は福島原発事故後の脱原発、反原発に対しても異論を唱えられていたようですね。よく分かりませんが、吉本氏は東京工業大学のご出身で、一貫した科学技術に対する信頼感があったのでしょうか。

 「悪人正機」で今も印象に残っている吉本氏の言葉は、人間というのは、普通経験することは一応経験した方が良いという趣旨の言葉です。つまり、「結婚」「子育て」のような事柄ですね。確かに結婚することで、「夫」と「妻」の人間関係が初めてわかりますし、「子供」を持つことで「親」の気持ちが初めてわかります。「子を持って知る親の苦労」とはよく言ったものです。このような多くの人が経験することなく人生を終えてしまうのは、おそらく生を受けた人生を生きる意味を考える上で、もったいないのでしょうね。

 古来「人は何のために生きているのか?」ということの答えを出すために、人は「文学」を作り「音楽」を作り、「絵」を描き、「哲学」という形で考えてきました。カリスマ思想家吉本氏は、極論ですが、「普通経験すること」を「経験」することだ答えていたような気がします。 孔子が、その弟子である子路と顔淵にその志を問うた際の問答で、孔子が「わしは、老人たちの心を安らかにしたい、朋友とは信をもって交わりたい、年少者には親しまれたい」という平凡な答えを行っていますが、この考え方にも通ずると思います。

  ともかく、戦後日本の思想家の巨人が逝ってしまいました。

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