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コロナ禍を「地球規模の脅威」と捉え、連帯することの重要性

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 本日1月30日現在も新型コロナウィルスの感染拡大の影響により、ここ大阪も緊急事態宣言下にあります。毎日通勤で利用する大阪メトロもここ数週間でかなり乗客数が減ったように感じます。


そんななか、以前この欄でも紹介した「銃・病原菌・鉄」でピューリッツァ賞も受賞した生理学者のジャレド・ダイアモンドの「危機と人類」(日経ビジネス人文庫)を読みました。昨年10月の文庫版に際し、ジャレド氏は「世界的危機としてのコロナ禍-日本語版文庫に寄せて」と題し、非常に興味深い内容を記しています。


 氏は、「コロナ禍は新しい出来事ではない。新型コロナは新しいが、コロナ禍自体は、疫病によって引き起こされてきた数々の危機の最新版に過ぎない」とし、「その他の悪名高い疫病に比べて、新型コロナウィルスは比較的『穏やか』である。感染者の致死率は『たったの』2%だ。天然痘や麻疹致死率30%ほどであり、エボラ出血熱やマールブルグ熱では致死率70%、エイズやクロイツフェルト・ヤコブ病は致死率100%である。」(P5)と言います。


 では、なぜこの「穏やか」な病が、今日恐れられているのか。
 氏は、その理由を3つ挙げます。第1は「現在の世界人口が77億と過去最多」で「『たった』の2%だとしても、新型コロナウィルスによって1億5400万人が死亡する可能性がある」。第2は「新型コロナウィルスは新種であり、過去に曝露した経験を持つ人がいないことだ。そのためだれも免疫を持っておらず、あらゆる人に感染リスクがある。」第3は「ジェット機が新型コロナウィルスをこれまでの疫病より早く広めたことだ」(P6)とします。


 ただ、氏は、「1,2年のあいだに、新型コロナウィルスはワクチンによってコントロール可能になるだろう。」(P6)とします。そして、「人類文明に対する真の脅威はコロナ禍ではなく、気候変動、資源枯渇、地球規模の不平等」であるとします。にもかかわらず。「なぜコロナ禍は、これらの本当の深刻な脅威よりずっと多くの注目を集めるのだろうか。」(P7)と疑問を提示します。それは、「新型コロナウィルスの犠牲者が、感染が原因となって短期間で亡くなるからだ。」(P7)とします。
 それに対し「気候変動や資源枯渇、不平等は。私たちを死にいたらしめるまで時間がかかるし、死因としても曖昧なままになる。」(P7) 従って、氏は、「気候変動、資源枯渇、不平等は、私たち人類が直面している大いなる危機なのである-コロナ禍ではない。」(P7)と主張します。


 しかし、「人類史上初めて、地球規模の解決法が求められる地球規模の危機」としてコロナ禍が直面している以上、1つの国「単独ではこのコロナ禍を解決できない。」ことに気づき「人々が、コロナ禍が地球規模の脅威であること、ウィルスに対して全世界が安全な状況をつくる以外に道がないことに気づく」(P8)ことが最良のシナリオだと、氏は主張します。それに対し、「各国が国境封鎖だけに集中し、ワクチンを最初に開発した国が自己中心的にそれを抱え込む。愚かなことに、人々は新型コロナウィルスがワクチンのない国々からふたたびやってくることを忘れる」(p8)のが最悪のシナリオだとします。
 

 氏の主張する最良のシナリオは、その「教訓を一般化し、気候変動などの地球規模の脅威に協力して対応することができる」(P8)ことにも繋がるとします。つまり、コロナ禍は、今後更に人類に降りかかるであろう「地球規模の危機」に対処するためのテストケースなのですね。


 最近の国内のニュースでも、ワクチンの日本国内の確保や東京オリンピックの開催に関して、1国主義的な論調が述べられることがありますが、ジャレッド氏がいみじくも述べるように「日本が国内で感染者をゼロにしたとしても、モンゴルやソマリアや世界中のどこかでウィルスが生きつづけたとしたら、また日本国内で感染者が出るのは時間の問題」なのです。
 ジャレッド氏の今回の著書に、新型コロナウィルスの問題を「地球規模の脅威」と捉え、世界の国々が連帯(solidarity)することが重要だということを改めて認識しました。

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