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「リーダー」の条件について~「忠恕」の精神

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アメリカ大統領選は、オバマ氏が再選され、中国では習近平氏が総書記に指名され、この日本でも「近いうち解散」から再度総選挙を経て、新たな「リーダー」が選ばれようとしてしています。


 先日日経新聞のある作家のコラムに「リーダー」というものは、研修などによって育つはずがなく、その地位に置かれたことによって自然と学ぶものであるという趣旨のことを書かれていましたが、同感です。地位が人を育てるということですね。

 私角野も、「アイリス行政書士法人」の代表社員であり、リーダーなのですが、日々の経営や業務の中で自分なりのリーダーシップを発揮し、組織を引っ張っていくことで、「リーダー」を学んでいるように思います。それは、他の誰かのまねごとではなく、自分流のもので、果たしてそれが正しいのか、間違っているのかわかりませんが、そうせざるを得ないからそうするだけのことなのですね。

 論語に次のような言葉があります。「子いわく、参(しん)や、吾(わ)が道一以てこれを貫くと。(中略)夫子の道は、忠恕のみと。」孔子が、弟子の参(しん)、すなわち曾子に、わしの道はただ一つのもので貫いているといい、それは「忠恕」=まごころにより、人の心を推しはかることだ、いうのです。つまり、人に対する思いやりです。孔子は、当時弟子を率いた一種の反体制政治集団のリーダーでした。そのリーダーである孔子の根本は「忠恕」という考え方だったのですね。本田宗一郎も「やりたいことをやれ」という本のなかで、「人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である。」と述べています。

 政治にしろ、ビジネス・商売にしろ、そのトップがどのようなリーダーシップを発揮するのかで、その国や会社の命運が決まります。その際にそのリーダーについていこうというのは、結局「私(国民、スタッフ)のことを考えてくれている。私の気持ちをわかってくれている。」というなのでしょうね。私角野も、「忠恕」という精神を基本に、リーダーとしての研鑽を図りたいと考えています。

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